第37回 ガダルカナル

 これからお話するガダルカナルは、太平洋戦争を少しでも経験された方なら、特別な感慨を覚える、忘れられない島の名前なのではないでしょうか。軍事記者として数多くの本を残している伊藤正徳は「ガダルカナルは、単なる島の名前ではない。それは帝国陸軍の墓地の名である」と書いています。日本から南へ約六千キロ、東西百六十七キロ、南北五十二キロと四国の三分の一ほど。全島ほとんどジャングルに覆われた、ソロモン諸島の中ほどにある島がガダルカナルです。千五百六十七年、ソロモン大王の金塊を求めてペルーを船出したスペインの冒険家が二か月半ほどして辿り着いた島々で、勿論金塊は見つかりませんでしたが、それでソロモン諸島と名付けられたのだそうです。四千人ほどの原住民が住んでいて、オーストラリアの委託統治領になっていましたが、一九七八年に独立し、現在はソロモン諸島政府の首都が置かれています。しかし戦前、この島の名前を知っていた日本人は恐らく一人もいなかったでしょう。そして昭和十七年八月七日、米軍がこの島に上陸してきた時、これが米軍の本格的反攻の第一歩であり、このたった一つの島をめぐっての半年間の攻防戦が、太平洋戦争の大きな分岐点になることを予感した人も、日本の陸海軍首脳部にはいなかったのです。

 私が子供心に、戦争の前途に漠然とした不安を感じたのは、翌年の十八年二月九日、大本営がこのガダルカナルからの撤退を「その目的を達成せるにより、同島を徹し他に転進せしめられたり」。こう発表した時だったように思います。とにかく「勝った勝った」の威勢のいい発表ばかりで、ミッドウェー海戦のような大敗も知りません。初めて聞く「転進」と云う言葉に、それまでとは何か違う、おかしな気配を感じたものでした。そして「転進」がやがて「退却、敗走」を意味するものだと知っていくわけですが、それでもこのガ島であんな凄惨な戦いが行われていたことは、敗戦までついに知ることはありませんでした。

 

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